≪女優 田中麗奈≫ 「なっちゃん」CMから20年目の今、悪女役で新境地に?




怖い、とにかく怖い。でも、引きつけられる。東海テレビ・フジテレビ系連続ドラマ『真昼の悪魔』(毎週土曜 後11:40~深0:35)で、主演の田中麗奈(36)が怪演を見せている。

見た目は“女神”のようで、技能も優秀な田中演じる美人外科医の大河内葉子が、悪のスイッチが入ると、残虐な事件を巻き起こし“悪魔”の部分をかいま見せる様子が、視聴者の間で話題となっている。

その反響は、本人の耳にも届いているようで「いやー『怖い!怖い!』って言われます。ここまでの人って、なかなか存在しないと思うんで、演じることができて本当に幸運です」と声を弾ませた。

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■キレッキレの怪演に「夫も笑っています」 外見の役作りに込めた思いとは?

同ドラマは、1980(昭和55)年に発表された遠藤周作の医療ミステリー小説が原作。

自分だけでなく、他人の潜在的な悪を引き出していくという自身の役どころを彼女自身、すごく手口がある。相手の持っている悪っていうものを育てたり、気付かせたりとか、自分だけが手を加える訳ではなくて、遠隔操作もしている。

まさに“悪影響”ですねと茶目っ気たっぷりに説明する。「おだてる、褒める、もちろんけなしたり、いたぶったり、いろいろなバリエーションあって、どういうアプローチをしていこうかなって考えるのが、すごく楽しくて、飽きないです」と“悪役”に手応えを感じているようだ。

プライベートでは、昨年2月に、かねてより交際していた一般男性と結婚したが、夫の職業である“医師”役は意外にも今回が初挑戦。

何らかのアドバイスがあったのかと思いきや「葉子は、注射器を痛める武器にしているわけですから、参考にならないですよね…」と苦笑い。

それでも、一緒にドラマを観ているようで「笑っていますよ。怖いと、逆に笑っちゃうことあるじゃないですか? そんな感じです。お腹にパンチしたりするシーンも爆笑していましたし、怖さを楽しんでいるみたいで『面白いね』と言ってくれますね」と笑顔で明かした。

共演者たちも「次は、自分が葉子に殺されるんじゃないか?」とドキドキしながら、各話の台本のページをめくるほど、予測できない葉子の言動。

そんな“悪女”を演じきるために、細かい部分の演出にもこだわっている。「例えば、最初は仕事用とプライベート用で靴を分けていたんですけど、3話で悪のブレーキがなくなった時に、そこの境界線がなくなっていくので、実は病院でも高いヒールを履いているんです。

あと、病院では死をイメージするから、黒は着ない色だと夫から聞いたので、4話あたりからは逆に黒をたくさん使っています(笑)。そういう視覚的な部分からも、彼女の変化を伝えていけたらと思いながらやっています」。


■撮影現場に手作りおにぎり50個! 悪女役での新境地「うれしい」

作品の中では無慈悲な行動で視聴者を震え上がらせる田中だが、ひとたびカットがかかれば“天使”そのもの。

先日も、厳しい寒さの中で撮影をこなすキャストやスタッフをねぎらうため、クレープとコーヒーを現場に差し入れした。皆さん、喜んでくれていたので、良かったです。やっぱり、寒い時に温かい飲み物と甘いものがあると心がほっこりしますよね。

別の現場では、過密なスケジュールで食事をする暇のない状況を察知して、おにぎり50個を握って持って行ったこともあったという。

食堂とかに食べに行く時間がないということだったので…ミネラルも必要だと思って、ひじきご飯にしました。3合を2回くらい炊きましたね。だから、本当は今回の現場にも50個握って行きたいくらいなんです!。

周りの状況を冷静に見渡しながら、積極的に行動する性格は幼少期からのもの。

5歳の時にテレビで、同郷・福岡県出身の役者やアーティストたちが活躍している姿を観て「自分もこうなりたい、こうなるんだ」と決意。

中学卒業と同時に上京することを夢見ていたことから、中学生の時にはオーディション雑誌を買っては、東京にある芸能事務所に自ら電話をかけていたという。

どうやったら入れるのかみたいなことを電話して聞くんですけど、その時に私がすごく訛(なま)っていたみたいなんですね。それで『あなた、まず訛りを取りなさい』って言われて…それは、すごくショックでしたね(笑)。

こうした努力が実を結び、高校在学中の1998年には映画『がんばっていきまっしょい』で主演の篠村悦子役に抜てき。

同年には、清涼飲料水「なっちゃん」の初代CMキャラクターに選ばれ、一躍注目を集めた。

同CMの「舞台」篇では、鳴り止まないカーテンコールでの「なっちゃん」大合唱を前に、先輩女優役の加賀まりこから「なっちゃん、あなたの名前でしょ」と後押しされ、客前に出ていく演出が何とも印象的だったが、あれから約20年の月日が流れ、今のドラマでは自分が“座長”として撮影現場を引っ張る立場となった。

女優としてのキャリアを着実に積み上げている田中だが、本人はいたって謙きょ。「座長として『みんな行くぜ、イエーイ!』みたいな、引っ張って行くぜっていうタイプではないので、皆さんが現場でストレスなく、楽しく、穏やかに健康でいてくれたらいいなっていう気持ちでいますね」。

これからも、努力と行動力で駆け上がっていくのみだ。今回『真昼の悪魔』をやらせていただいて、皆さんが『新しい田中麗奈を見た』っておっしゃってくれていて。

そういう新しい印象があるならば『次は、こういう役をやらせてみよう』ってつながっていけば、うれしいです。5歳の頃から憧れていた女優になって、およそ20年。田中麗奈は、いまだに進化を続けている。



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≪女優 神田沙也加≫ 居場所探しにもがいた20代、30歳を迎え今は「すごく気持ちが楽になった」




『宇宙戦艦ヤマト』シリーズ最新作『宇宙戦艦ヤマト2202 愛の戦士たち』でテレサ役を務める女優の神田沙也加。

女優としてデビューするも、いったん休業。その後、主戦場を舞台に移すと、ミュージカルで鍛え上げた歌唱力と表現力の高さは演業界内でも評判になり、活躍の場は広がっていった。

常に現状に満足せず、勝負している印象があった神田だが、30歳を迎え「すごく気持ちが楽になった」と心情を吐露。その胸のうちに迫った。

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芸能活動の転機は2つ

本作出演に際して「小さいころから声優になることが夢だったんです」と目を輝かせた神田。

ミュージカルに声の仕事など、近年、幅広い活躍が目立つが、自身の芸能活動を振り返り「分かりやすい大きな転機は二つありましたね。

一つめは17歳のときに『Into The Woods』(宮本亜門演出)に出演したことと、2014年の『アナと雪の女王』ですねと語る。

『Into The Woods』はオーディションで勝ち取った役だ。

5年前のインタビューで神田は「ミュージカルの世界はとにかく実力勝負。

しっかりオーディションをして力がなければ落とされるんですと語っていたように、純粋な芝居の力が試される場所で、自身の活路を見出した。

当時の神田に「何かと戦っている印象があった」とぶつけてみると「そうかもしれませんね。あのときは、見せないようにはしていましたが、自分の居場所を見つけて根を張らなければという必死さを持っていたと思います」と胸のうちを明かす。


完璧主義を変えた『アナと雪の女王』

しかし、いまの神田からは、いい意味でとても柔和な印象を受ける。

最近の話ですが、30歳になって楽になったんです。人から『30歳になったら楽になるよ』って言われていたのですが、半信半疑だった。

でも実際になってみると本当に楽になったんですよと笑顔をみせる。その理由を「どれも完璧じゃなくてもいいやって思えるようになったんです」と語る。

そのきっかけは『アナと雪の女王』の日本語吹替え版への参加だったという。

完璧主義で、舞台とかが始まると持ち点100という風に考えて、上手くいかないと減点していって、最後何点になったかという感じに、毎日クオリティの高い一日を過ごさなくてはとシビアに自分に課していた。

そんななか、『アナと雪の女王』の大ヒットにより、神田のこうした考えに変化が生じた。

あの作品でメディアにたくさん出させていただいて、すごくいい経験だったのですが、すごく忙しくて、くたくたに疲れてしまった時期があった。

とてもじゃないけれどそんな完璧主義じゃ回らなくなってしまって、100点という持ち点の天井を下げたんです。そうしたら少しずつ気持ちも楽になっていったそうだ。


歌番組出演していいのかと悩む日々

さらにもう一つ、神田には悩みがあったという。

参加させていただき、受け入れてもらえたことに感謝しかありませんが、歌もある作品だったので、自身も歌番組出演させていただくことが多かった。

特にエンドソングを歌ったMay J.ちゃんと共演させていただくことも多かった。

彼女は自身の名義の曲なので、歌番組で歌うことは正しいことなのですが、あの作品はミュージカルで、私は劇中で歌う役。

歌番組でハンドマイクを使って歌っていいものだろうかと悩みましたと心情を吐露した。

期待、不安、喜び……色々なことをもたらしてくれた『アナと雪の女王』。

声優のお仕事もそうですが『やりたいな』や『会いたいな』ということが、あの作品以降の1、2年で一気に叶っていき、本当に大きな波に乗せていただいたという感謝の一方、この波にどこまで流されてしまうんだろうという恐怖もあったと当時を振り返る。

しかし、先ほどの言葉にあった「居場所を見つけて根を張る」という意味では、神田自身ブレることなく、ミュージカルを含め、ライフワークと言える舞台という主戦場にしっかりと根を下ろしつつ、声の仕事など、活躍の場を広げ、しかもその実力は高く評価されている。

そして本作では「別格でやりたいと思っていたこと」という声優、しかも『宇宙戦艦ヤマト』という人気シリーズで、思い憧れていた実力派声優たちと共にアフレコに挑んだ。

夢が一つ叶った日と感激する一方、作品ファンを裏切らないように務めたいと語る神田の表情は、充実感で満ち溢れていた。

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■神田沙也加(かんだ・さやか)
1986年10月1日生まれ。東京都出身。
声優は「子どものころから最もなりたかった夢」という思いのなか、『宇宙戦艦ヤマト2202 愛の戦士たち』では女神・テレサ役という重要な役で出演。
アフレコ現場では「神々しく」という演出を受けたつつ「見目麗しい少女」というコンセプトのもと、神田らしい表現でテレサに命を吹き込んでいる。



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仲が悪いコンビ芸人が減少している・・・その要因と仲の良さがもたらした変化とは如何に?




お笑いコンビといえば、一昔前までプライベートは“仲が悪い”というイメージが普通で、ダウンタウンやとんねるずなど、黄金期の世代には常に不仲説がつきまとっていた。

しかし近年ではバナナマンやおぎやはぎなど、仲の良さをアピールする芸人も多く、トークバラエティ『アメトーーク!』(テレビ朝日系)では、「相(愛)方大好き芸人」の企画もヒット。

“仕事上のパートナー”という割り切った関係性が主流だったお笑いシーンで、なぜこのような変化が生まれたのだろうか?


◆さまぁ~ずら“東京芸人”の躍進でお笑い界の環境に変化

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「仕事の現場以外で会う必要はない」、「お互いが何をしているか知らない方がトークが盛り上がる」などの考えのもと、相方とはあくまで“仕事上のパートナー”という割り切った関係性を築いてきたのは大阪のお笑い芸人たちだ。

厳しい師弟関係をはじめ、吉本興業であればNSCなどの上下関係の中で芸を磨き、彼らの誰もがいつか努力が実を結ぶ日が来ることを夢見て精進を続けてきた。これらの風潮は先輩から後輩へと引き継がれていたと思われる。

とんねるずやウッチャンナンチャンなどの例外はあるが、コンビ芸人は仲が悪いというイメージが根付いていた頃は、関西発の芸人がテレビなどで活躍することが多かった。

一方で、いわゆる東京芸人には、さまぁ~ず、バナナマン、キャイ~ン、おぎやはぎなど仲の良いコンビが目立つ。大阪芸人とは成長する環境が異なる東京芸人は、プライベートでもよく話す仲の良いコンビが多くなったのかもしれない。


◆“仲の良さ”がコンビとしての魅力に お笑いだけでなく芸能界全体にも派生

コンビ仲が良い芸人に東京芸人が多いのは、関西のお笑いとの差別化を図った一面もありますが、“お笑いコンビは仲が悪い”といったイメージがスキャンダルを超えて一般化されてきたところで、その反動として“仲の良さ”、“ほっこり”が注目されるようになったことも大きいのでは」と話すのは、メディア研究家で多くのエンタメ記事を手掛ける衣輪晋一氏。

流れのきっかけとしては、さまぁ~ずさんの躍進ではないでしょうか。『さまぁ~ず×さまぁ~ず』(2007年~テレビ朝日系)に見る様な、仲睦まじいコンビ仲のトークは当時とても新鮮で、関西のお笑いにはないほっこりした気分を提供してくれました。

最近では、チュートリアルの福田充徳さんのプロポーズに相方・徳井義実さんが立ち会ったことが話題になるなど大阪芸人にまで波及するに到り、“コンビ仲の良さ”はいまやお笑い界の〈推し〉のひとつとして定着したと言えます(衣輪氏)

コンビ仲の良い芸人たちは自身のテレビやラジオの冠番組などで相方愛を語るほか、知られざる相方の姿に言及したり、面白エピソードを話すことが頻繁にあり、これもファンには好評だ。

衣輪氏は「こうした流れは、メンバー仲が良いことで業界内でも好評だったアイドルグループの嵐がブレイクし始めた2006年頃からの動きとも重なるように感じられます。お笑いだけではなく、芸能界全体の流れなのかもしれません」とも分析する。


◆お笑い界に流れる雰囲気にも変化 反面、仲の良さに苦言も

仲の良さから面白さを見出す一方で、大阪芸人の中川家は芸人間全体に流れる仲の良さ、雰囲気に苦言を呈している。

2016年にORICON STYLEが行ったインタビューで、剛は「ちょっと仲良すぎかなと思うことはありますね」と言及。「僕個人としてはですが、ああいう感じはあまり見せない方がいいと思うんですよ。昔はもっとギスギスしていたというか、ピリピリした緊張感がすごくあって競い合っていました」と続けた。

コント番組が乱発したお笑いブームが過ぎ去り、今はひな壇を使ったバラエティ番組が主流となっている。そんな流れも相まって、芸人間のライバル意識が薄くなっていることも考えられそうだ。

これに礼二は「その空気感(ピリピリした緊張感)がステージでのいいものにつながっていた感じはありますね。

バラエティのひな壇でもわちゃわちゃトークで盛り上がるだけではなくて、誰かに何かを言うときはちゃんとオチをつけたり、しっかり振り方を考えてから前に出ないとっていうのはありますね」と振り返り、「生活もかかっていましたから、それだけ笑いに真剣だったんです」とまとめている。

先月放送された『一周回って知らない話』(日本テレビ系)で、アンジャッシュが不仲説を認め、ネットでも話題となった。

渡部建は「仲良くある必要もないと思ってる」、「仲悪いことが良く働くことの方が多い」と解説し、お互いを何も知らないことでトークが弾むことや、ガチのケンカ芸に見えることのほか、お互い譲らない関係だからこそ、話し合いを重ねて良いコントネタが出来たと振り返っている。

仲が悪いことを武器にアピールしていく姿勢は、今の“コンビ仲の良い芸人”のアンチテーゼとして新鮮です。

さまぁ~ずの躍進や、同時多発的に起きた嵐のブレイク頃が“仲の良さ”ブームの始まりだとすれば、すでに約10年が経過

『ひな壇芸人による視聴者置いてけぼりの内輪ノリに飽きた』との視聴者の声も聞かれますから、再び潮目が変わる時期に入ったのかもしれません」(同氏)

かつて日本を代表する文学者であり画家の武者小路実篤は「仲良きことは美しき哉」と自らの絵に添えた。

「人と人が仲睦まじく過ごしている姿は美しいものである」の意だが、美しさを磨けば面白さも磨かれるというわけではない。

競争力のない場所に発展は望みづらいのだ。仲の良い芸人が当たり前となった今だからこそ、相方というビジネス上の信頼関係を築いた“仲悪い芸人”が、ライバル関係の薄れた現在のお笑い界に一石投じ、新たな時代を創るきっかけとなるかもしれない。



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