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氷室京介、最後のライブ『LAST GIGS』の意義とは?


5月23日(月)、氷室京介が東京ドームにて4大ドームツアー『KYOSUKE HIMURO LAST GIGS』の最終公演を行なった。東京ドームにてBOØWY時代の2本を含む、計14本のライブを実現したというソロアーティストとして前人未到の記録。今回の東京ドーム3デイズ公演には40万以上の応募もあり、急遽、機材場所やステージ裏を解放するなど、ギリギリまでファンの期待へと応えた最後の夜だった。

すでにスポーツ紙では、氷室によるサービストークな冗談めいたMC(※還暦とか焼肉とか)が見出し飾っているが、氷室京介を詳しく知らないマスメディアには、今回のステージをどうやって伝えるべきか戸惑いを覚えたかもしれない。


氷室京介、最後のライブ『LAST GIGS』の意義とは?


結論から言おう、BOØWY再結成は無かったし、スペシャルなゲストもいなかった。最後のライブだからといって御涙頂戴なMCも皆無。繰り広げられたのは氷室京介らしい直球にロックなライブだった。昨今のコンサートに顕著な、LEDモニターを通じての過度な演出もなく、もしかしたら音楽のみで勝負するライブハウス感覚に近かったのかもしれない。コンサートを通じてヒムロック(※氷室の愛称)からファンへと伝えられた、たくさんの感謝の気持ち。そこにあったのはBOØWY時代からソロ時代へと35年間の間に生み出された、音楽の素晴らしさに他ならないだろう。

2014年、氷室はソロデビュー25周年ツアー『25th Anniversary TOUR GREATEST ANTHOLOGY -NAKED-』のステージ上で、急遽ライブ活動の無期限休止を発表した。“トーンデフ”と呼ばれる耳の不調が理由だ。しかし、氷室は2010年、2014年とそれぞれ50本以上の過酷な国内ツアーを各地で行なっていたことを知って欲しい。LA在住ながら積極的に日本国内を細かく巡るツアーによって、各地で待っているファンを大切にしていたのだ。

本来は、2014年7月に行われた横浜スタジアム公演でライブ活動への区切りをつけるはずだったという。しかし、当日の落雷による1時間以上の公演中断と、リハ中に転倒して肋骨を3本骨折というコンディションの不十分さから「このリベンジをどこかで必ずもう1度演らせて欲しい!」と宣言して用意されたのが、4大ドームツアー『KYOSUKE HIMURO LAST GIGS』だった。ゆえに、セットリストはソロ楽曲中心ということではなく、リクエストを募ったナンバーが繰り広げられたのだ。

1988年、ソロデビュー当時。氷室京介にとって自ら在籍したBOØWYというバンドは巨大なライバルだった。誤解を恐れずにいえば、強烈な記録を有する目の上のたんこぶのような存在だったかもしれない。しかし1993年1月7日にリリースした4thアルバム『Memories Of Blue』で、BOØWY時代を上回る130万枚のセールスを記録。ライブ活動でもバンド時代を超える手応えを感じていく。その後は、自己との闘いがはじまった。“自分はどんな音楽を求めていくのか?”そんな表現者としての欲求を乗り越え続けていくアーティスト・ヒストリーだったのだと思う。

最後のライブとなった『KYOSUKE HIMURO LAST GIGS』の1曲目は「最後の夜だぜ! 騒ごうぜ!」のMCとともに「DREAMIN’」で口火を切った。1987年、BOØWYの解散宣言を行なった渋谷公会堂での最後の曲は「DREAMIN’」だったことをご存知だろうか? シングル曲にこそなっていないが、BOØWYを代表する定番曲なのだ。

東京ドームで行なわれた『KYOSUKE HIMURO LAST GIGS』のラストは、BOØWY初のチャート1位を記録した代表曲「B・BLUE」だった。思い出して欲しい、1988年4月に行われた東京ドームでのBOØWY版最後のライブ“LAST GIGS”の1曲目は「B・BLUE」だったことを。そう考えれば、氷室版『KYOSUKE HIMURO LAST GIGS』の1曲目が「DREAMIN’」でスタートして、「B・BLUE」で終わりを告げたことに意味を見出せるのかもしれない。何より、ソロ活動の火ぶたを切った「ANGEL」で歌われた“臆病な俺を見つめなよ ANGEL 今飾りを捨てるから”のフレーズが強烈なメッセージ性として、今もリフレインする。

氷室京介=ビートロックがメインなイメージがあるかもしれない。しかし、本人が話していた「ビートを外した時にどれだけメロディが残るか?」という数々の創作アプローチから生み出されたソロ楽曲「IF YOU WANT」、「LOVER’S DAY」、「The Sun Also Rises」、「魂を抱いてくれ」というスローでミディアムな大名曲たち。あらためて、作品を耳にしてほしいと願う。

今回のライブで印象的だったのは、過剰な演出を必要せずともアグレッシブに大味なアレンジが炸裂する「VIRGIN BEAT」が解き放つ、ドームのように広大な空間にぴったりな開放感。これは発見だった。そして1990年代、後のメロコア以降の流れを予言したかのようにスポーティブに激しい「PLASTIC BOMB」や「WILD AT NIGHT」というメロディアスでワイルドな名曲たち。BOØWY時代、定番曲ではなかったレアな「WELCOME TO THE TWILIGHT」、「MISS MYSTERY LADY」を披露してくれたことも驚きだった。

しかし、氷室自身が思い入れの深い、生き様を具現化した代表曲「DEAR ALGERNON」が、今回なぜ選ばれなかったのかは不思議だった。いや、そんなことを言い出したらきりがないのかもしれない……。それぞれのオーディエンスにそれぞれの氷室京介の思い出が息づいているのだと思う。筆者自身、BOØWYや氷室京介に人生を変えられた一人だ。そんな人間はいっぱいいるのだろう。音楽のチカラの偉大さ。そんなパワーを氷室京介から教えてもらったことをここに告白しよう。

氷室はMCで「不器用で無骨な俺が35年間もこうしてやってこれたのは、ここに集まってくれたみんなのお陰だ。東京ドームでは節目節目でライブをやってきたけど、今日が一番最高だ!」と語っている。

日本のロック市場を牽引した、氷室京介による最後のライブ・ステージは成功のままに終えた。1980年~90年代、音楽シーンにおいて、氷室京介以前と以降では大きな変化が起きたことを継承し続けたいと思う。MCで、氷室自身が音楽制作を続けていきたいと話していたことに希望をもちたい。
 

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